「まーゆらさん」
来た。小さく溜息を一つ。
「何ですか?」
分かっているが聞く。もしかして、と一抹の望みを懸けて聞く。
「はい。お願いしまーす」
差し出されたのは請求書。望みは一瞬で潰えた。
「…あのですね…」
「ごめんなさーい」
口にしかけた文句さえ言わせてもらえない。
「まゆらさんが優秀だからつい、ね」
「そんな、優秀だなんて…じゃなくて!」
こんな時にまでノリ突っ込みしてしまう自分も相当毒されていると思う。
というか、無駄遣いは私の所為だとでも?
もういいや。この書類を作り終える前に持ってきただけマシかな。
提出直前だったら怒って受け取らなかったかもしれない。
…多分、この人は分かってやってるんだろうけど。どちらにしても、予定以上の時間がかかることに変わりはない。
「あー、今日は早く帰れると思ったのに…」
これくらいの文句は言ってもいいだろう。
「じゃあ、終わるまで待っててあげる」
ちょっと待って下さい、「あげる」って何ですか?私、してもらってるんですか?して頂いてるんですか?あー、嬉しいですね。嬉しくて涙出ちゃいそうですよ。
大体、同じ「あげる」なら「予算使わないであげる」とかそういうのにしてください。そしたら泣くどころが崇め讃え奉りますよ。
そんなことを考えつつも、口にしたのは、
「いいですよ。遅くなりそうですし。先に帰っちゃってください」
まあ、言っても無駄だし、言いくるめられること分かってるしね。だったらせめて、集中出来る環境をつくって欲しい。
ところが、聖奈さんは、
「大丈夫。本を借りたので、静かに待ってまーす」
と、ウインクを一つ。そして、椅子に座って本を読み始めた。
ああ、また言いくるめられた。
会長が御実家から戻ってきて1ヶ月。生徒会のメンバーは相変わらずだ。
りのがドジして、香がとばっちりをくらう。
みなもが悪戯して、小百合とれいんが悪乗りをする。
久遠さんは奈々穂さんをからかって、シンディさんは車を壊す。
聖奈さんは何考えてるか分からない。最後は会長が笑って締める。
相変わらずの楽園だ。
それが、まゆらにとっては不自然だった。不自然なまでにいつも通りだ、と感じていた。
神宮司邸に侵入し、破壊活動までしたのに関わらずお咎め無しだったこと。
当主として神宮司家に戻る筈だった会長が、数日で宮神学園に戻ってきたこと。
体育祭のことから考えても、彼女にさほど権限がなかったことは伺える。
本当に彼女の意思で学園を去るのなら、自分たちに、少なくとも奈々穂には説明していただろうから。
おそらくは、久遠が言っていたように聖奈が取りはからったのだろう、とまゆらは考えている。
聖奈がどのような手を取ったのかは分からないが、2、3日で全てが元通りになったことを考えても、結構強引な手段を取ったのだろう。
あれで全てが解決したわけではないんだろうな、というのが、今のまゆらの見解だった。
当主不在の神宮司家。会長とりのという2人の能力者のいる極上生徒会。
様々なものが拮抗して、今の状態が保たれているのだろう。
ふと目を上げて、本を読む聖奈を見た。
最近はどこかに行っていることが多いし、以前以上に用途不明の請求書が増えた。
おそらく…
「んー?手伝った方がいい?」
少し申し訳なさそうな聖奈の顔。
考え込んでいるうちに、睨んでしまっていたようだ。
「いいですよ。そんなことされたら、余計に時間がかかりそうです」
ちょっと悪いかな、と思いつつもいつも通り、毒を含んだ答えを返す。
何にせよ、自分に出来ることはただ一つ。いつも通り、宮神学園の予算をやり繰りすることだけなのだから。
「よし、終わった」
時計を見る。うん、中々いいタイムだ。
「聖奈さん、終わりましたよ…って、あー」
寝てる。本の頁はあまり進んではいない。聖奈さんも読むのは速い方だから、あのあとすぐに眠ってしまったのだろう。
そういえば、最近特に忙しそうだ。
いくら頭の中が読めないと言っても、自分と1つしか変わらない。疲れてるのかな、と感じることがしばしばあった。
それにしても、人前で眠るなんて、聖奈さんらしくない。よほど疲れていたのだろう。
寮に戻ればみなもの相手をしなければならないし、会長や奈々穂さん、久遠さんもいる。
なんだかんだ言ってこの3人は鋭いし、行動力がある。余計な心配はかけたくないのだろう。
下手に動かれたら困るのかもしれない。
それに、自分が信頼されているようで、少し嬉しくもある。
「ま、注意する必要がないって思われてるだけかもしれないけどね」
そんなことを呟きながら、聖奈さんの顔を覗き込んだ。
寝てる時は普通の女の子なのにな…などと考えてしまう。
本当に気持ち良さそうに眠っている。上着を脱いで、そっと肩に掛けた。
時計を見る。うん、まだ時間はある。
「折角だし、明日の分も終わらせちゃおうかな」
何となく口に出してみた。当然、聖奈さんの反応はない。
机の上に書類を広げてみる。今日のペースなら終わらせてしまえるかもしれない。
私は、神宮司家のことに自分から関わろうとは思っていない。
卒業までに何か動きがあれば自分も参加するだろうし、何もなければそれっきりだろう。
そして、それでいい、と思っている。会計になって以来、ずっとその距離を保ってきた。
奈々穂さんは理解してくれると思う。香や小百合は怒るかもしれない。それならそれで構わない。
何にせよ、自分がそう在るからこそ、今、聖奈さんは安心して眠っている。それだけで十分だ。
自分がすべきことも分かっている。
「よし、聖奈さんが起きるまでに終わらせますか」
宮神学園の予算をやり繰りすること。それが、市川まゆらに出来るただ一つのことなのだから。
楽園の資産管理は大変なのだ。
以下、拍手返信と近況です。
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お久しぶりです。実に2ヶ月ぶりです。タです。
全てが過ぎてました。誕生日SSは書きかけのままです。来年…まで続いてたらそれで…
えっと、就活とか、卒研とかしてました。いや、後者は現在進行形です。
就活も、夏秋挑戦してみようかと思ってます。
それにしても放置し過ぎですね…や、卒研が思いの外大変でした。
拍手返信です
>矩継が〜のかた(その後のも同じ方ですよね)
ありがとうございます!琴葉は普通に扱われるとおたおたするのではないか、と思っています。
りのの「琴葉先輩美人なのに〜」にも過剰反応してましたからね(笑)
もっとこう、まゆら先輩とかに可愛がってもらうといいと思います。
拍手だけの方も、ありがとうございました!
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